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東京高等裁判所 平成3年(ネ)2627号 判決

控訴人

住友海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

小野田隆

右訴訟代理人弁護士

児玉康夫

溝呂木商太郎

被控訴人

中村健太郎こと金秋一

右訴訟代理人弁護士

牧野寿太郎

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決に記載(第二 事案の概要)のとおり(ただし、原判決三枚目裏九行目の「使者」の次に「(又は代理人若しくは履行補助者。本件傷害保険契約締結にあたっての被控訴人の法的地位については争いがある。)」を加える。)であるから、これを引用する。

一  控訴人

(第一解除及び第二解除に関する主張の補足)

1 本件傷害保険契約は、定額給付型傷害保険であって、保険事故が生じたときは具体的な損害額とは無関係に約束された保険金を給付するものであり、その本質は条件付きの金銭給付契約であって、商法六三一条から六三四条までの規定の適用を受けない。その保険事故は急激・偶然・外来の事故による傷害又はその結果としての死亡又は後遺傷害であり、その発生率が少ないことから保険料は低額であり、支払われた保険料と保険事故が起きた場合の保険金との乖離が極端に大きく、保険事故招致を企図する者にとって誘惑的なものである。そこで、道徳的危険の防止という観点から、生命保険契約にはない重複保険契約についての告知義務や通知義務の制度が設けられているのであり、本件のような傷害保険契約にとっては、これらの制度は特に重要である。

2 仮に、不告知ないし不通知を理由とする保険契約の解除が社会通念上公平かつ妥当と解される場合に限って許されるとしても、被控訴人は、控訴人担当者の拒否を圧してまで本件制約を締結し、また、右契約締結にあたり、担当者から告知義務・通知義務の存在及びその違反の場合の効果を説明されているのに、一日前に締結された第一契約の存在を告げず、さらには、第二契約の締結もわずか二か月後のことであって、被控訴人は、これらを知り尽くした上で右各違反をしたこと、被控訴人は、後述のとおり、日本語ができずかつ地理に不案内の順福をホテルに一人残して去っており、保険事故の発生を抑止しなかった上、順福を迎えに来ることとなっていたとする親戚の者の姓名や住所、新幹線に同乗した男性の同行者の存在を明らかにしないのであって、保険契約の善意契約性に著しくもとり、このような被控訴人に対しては、右解除することが許されるべきである。

(当審における新たな主張)

約款二〇条は、保険事故が発生したときは保険金を受け取るべき者は事故発生の日から三〇日以内に事故発生の状況を保険者に告知し、保険者が説明を求めたときはこれに応じなければならないと定め、その通知若しくは説明につき知っている事実を告げず若しくは不実のことを告げたときは、保険者は保険金を支払わないことを定めている。

被控訴人は保険金を受け取るべき者であって右の義務を負っているところ、被控訴人は日本語ができない順福をホテルに一人残して韓国に旅立ったがその理由も経緯も不明であり、また、奈良の親戚が順福を迎えに来ることとなっていたと弁解するが、その親戚の者の姓名や住所を明らかにしなかったし、さらには、被控訴人は順福と被控訴人のみで新幹線に乗って大阪に行ったと説明し、男性の同行者一名の存在を隠蔽する。このように、被控訴人は本件事故の発生状況や犯人の特定に関する重要な事項について控訴人に説明を怠っており、被控訴人は前記約款の条項により保険金支払義務を負わない。

二  被控訴人

(第一解除及び第二解除に関する主張の補足)

控訴人は、本件のような傷害保険契約にとっては、道徳的危険の防止という観点から告知義務や通知義務の制度は重要であると主張するが、生命保険契約おいても同様の危険があり得るので、右主張は失当である。

また、本件保険契約申込書には、重複保険の告知については左端に小文字で指摘されているに過ぎず、その義務の履行を厳格に要求しているとは考えられない。

(控訴人の新たな主張に対する反論)

被控訴人が控訴人主張の約款上の義務を負っていることは認めるが、控訴人は被控訴人に対し順福の死亡の態様を告知しており、その他の点については控訴人から説明を求められなかったから告げていないにすぎず、保険者たる控訴人に知っている事実を告げなかったり、不実のことを告げたことは否認する。

第三 証拠〈省略〉

理由

一第一、第二契約の成否

第一、第二契約の成否に関する当裁判所の認定及び判断は、次の説示を加えるほか、原判決の「第三 争点に対する判断」中「一 第一、第二契約の成否」(原判決七枚目表七行目の冒頭から同一一枚目表末行の末尾まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  被控訴人は、当審において、小松原が第一、第二契約の契約書を偽造した証拠として、同人がその名刺の裏を利用して作成したとする仮領収証(〈書証番号略〉)と受領書(〈書証番号略〉)を提出する。このうち〈書証番号略〉は、小松原作成名義の昭和六三年九月五日(以下において、年の表示のない月日は、昭和六三年の月日を表すこととし、「昭和六三年」の表示を省略する。)付け被控訴人宛の仮領収証であって、八月八日から一〇日間の海外旅行の保険料として金一万四八四〇円を受領した旨が、また、〈書証番号略〉は、小松原作成名義の九月二〇日付け被控訴人宛の受領書であり、同日に被控訴人の領収証を受領した旨がそれぞれ記載されている。そして、被控訴人は、被控訴人が八月八日から一〇日間の韓国行き傷害保険の代金は小松原が立て替えていたので、これを九月五日に小松原に支払ったから(〈書証番号略〉)、右傷害保険と同時に加入したとする第二契約について被控訴人が八月八日に保険金を払い込んだことはあり得ないし、また、富士火災は第一、第二契約の契約書はいずれも小松原が偽造したことを認め、小松原に保険料を返還することとしたが、契約名義人が被控訴人であったことから、被控訴人宛に保険料を返済し、被控訴人が富士火災から保険料の返還を受けた旨の領収証とともに右返還金を小松原に交付した(〈書証番号略〉)と主張し、被控訴人本人の供述(原審・当審第一回)はこれに沿う。〈書証番号略〉については、小松原が病気のため記憶喪失となり(〈書証番号略〉)、同人からその作成の経緯についての供述を得ることができないが、同人が作成したことに争いのない〈書証番号略〉の筆跡との対照からいずれも真正に成立したものと認められる。

しかし、〈書証番号略〉については、その作成の経緯に関する被控訴人の右主張には次のような疑問がある。まず、被控訴人の主張の経緯で右書証が作成されたとすると、小松原は被控訴人の保険料を立て替えたこととなるが、過去においてこのような立替払が行われたこと及び小松原と被控訴人との間に立替払が行われるような個人的な関係が形成されていたことが証拠上認められないこと。次に、同書証は、前示のとおり小松原作成名義の仮領収証であるが、「立替金」の文言がない上に、立替金に関する領収書であれば「仮」の文言を付する必要のないこと。被控訴人は八月一七日に小松原を通じて富士火災と同日から一〇日間の韓国行きの傷害保険を契約し、その保険金を同日小松原に支払っているのであって(〈書証番号略〉、証人小松原、被控訴人・当審第二回)、もし被控訴人主張の立替えが行われていたとすると、その際に立替金に関するやりとりが行われるはずであるのに、証拠上右事実が認められないこと。被控訴人は九月五日に小松原が同人の名刺の裏を利用して作成した領収証を持参して富士火災に順福の死亡保険金の支払い方を要求したが(〈書証番号略〉)、〈書証番号略〉はこれに関連して作成されたとも考えられること。以上の疑問があり、被控訴人の主張の経緯で右書証が作成されたものと認めることは困難である。仮に、被控訴人の主張のとおり右書証が作成されたとしても、第二保険の保険契約者は順福であって、右保険に関する立替金の領収証の宛名は同人となるはずであるから、右と同時に加入したとする被控訴人の傷害保険の保険金に相当する金額のみの立替金の領収証があるからといって、第二保険の成立を否定すべき根拠とはならない。

次に、〈書証番号略〉については、被控訴人は富士火災から保険料の返還を受けた旨の領収証とともに返還金を小松原に交付したことを証するものであると主張するが、右富士火災からの領収証とともに返還金を小松原に交付したのであれば、領収証よりも重要な返還金に関する事項も記載されるはずであるのに、その記載がないことからすると、被控訴人主張の経緯で右書証が作成されたものとは直ちに認めがたい。却って、〈書証番号略〉に前示引用にかかる原判決認定の事実を総合すると、小松原は、被控訴人の執拗な要求に根負けして、自らのポケットマネーから第一契約及び第二契約の保険料相当額の二万五六二〇円を被控訴人に支払ったときに、被控訴人が富士火災宛てに作成した領収証を小松原が受領したことを証明するために〈書証番号略〉を作成したことが認められるのであって、同書証は、〈書証番号略〉と同様、第二保険の成立を認定する妨げとなるものではない。

さらに、小松原が自己の費用負担で第一契約や第二契約を偽造する動機や必要性が認められないことを総合すると、小松原がこれらの契約書を偽造したとする被控訴人の主張は採用しがたい。

2  被控訴人は第一契約の被保険者の中には順福が含まれていないと主張するが、前示引用にかかる原判決に認定のとおり、被控訴人の八月一六日付け外国人登録済証明書には、妻、子供三名のほか順福が同居の家族として記載されていて、第一契約の被保険者数五名の中には順福も含めなければ数が合わない上に、被控訴人は順福の同居の親族の資格で同人の死亡届をしているのであって(〈書証番号略〉)、第一契約の被保険者の中には順福が含まれていることは明らかである。〈書証番号略〉によれば被控訴人は西暦一九八八年五月二日に張明七と婚姻していることが認められるが、同女は東京に在住し、被控訴人は従来からの妻中村良子と被控訴人肩書地で同居しており(被控訴人当審第一回)、このことは、右認定の妨げとならない。

二第一解除及び第二解除の成否

1 控訴人は、順福の代理人又は履行補助者である被控訴人が第一契約の存在を告知しなかったこと及び第二契約の締結を通知しなかったことを理由に本件傷害保険契約を解除したと主張するところ、第一解除の根拠として控訴人が主張する約款一〇条一項は、「保険契約締結の当時、保険契約者、被保険者またはこれらの者の代理人が故意または重大な過失によって、保険契約申込書の記載事項について……知っている事実」を告げなかったときは、控訴人は契約を解除することができると定めており、本件傷害保険契約の申込書の記載事項として「他の保険契約」の欄が存在するから(〈書証番号略〉)、第一契約についての告知義務違反は、右約款一〇条一項の解除事由に当たるというべきである。また、約款一二条は、保険契約者または被保険者が重複保険契約をするときは予め、また、重複保険契約があったことを知ったときは遅滞なく、書面をもってその旨を保険者に申し出て、保険証券に承認の裏書を請求すべきことを定めており、被控訴人が第一契約を告知せず、かつ、第二契約を通知しなかったことは当事者間に争いがない。

2 このように約款が、保険契約者等に対して、傷害保険の締結に際して他の保険契約締結の有無について事前の告知義務を課し、さらに事後に他の傷害保険契約を締結し、またはその存在を知ったときの通知義務を定めた趣旨は、本件の傷害保険が定額給付型の傷害保険であって、保険事故が生じたときは、その具体的な損害額とは無関係に約束された保険金を給付するものであり(〈書証番号略〉)、その本質は条件付きの金銭給付契約である(このため、商法六三一条から六三四条までの規定の適用を受けない。)ことに由来するものと解される。すなわち、本件傷害保険の保険事故は急激・偶然・外来の事故による傷害又はその結果としての死亡又は後遺傷害であって、その発生率が少ないため、病死も保険事故とする生命保険に比して保険料は低額であり、支払われた保険料と保険事故が起きた場合の保険金との乖離が極端に大きいことから、重複保険による保険金額の総額がその被保険者の年齢、性別、職業、保険の目的などに照らして不相当に高額になる場合には保険事故を招致して保険金を取得しようとする危険が高いという経験則に基づき、保険者としては、このような重複保険の成立を回避ないし抑制するため、当該保険契約締結の前後に重複契約に関する情報を開示させ、道徳的危険の強いものかどうかを見極めて、当該保険契約を締結しなかったり、解除するために、これらの告知義務、通知義務が設けられているものと考えられる。

他方、各種保険の開発、普及及び保険会社による宣伝ないし勧誘等により、一般にさまざまな保険事故を対象とする保険に加入する機会が増大し、その結果特に傷害保険の分野(生命保険の特約条項としての傷害保険を含む。)においては、同一人を被保険者とする同一の保険事故に関する複数の保険契約に競合して加入することが珍しくない。このような状況のもとで、保険約款上重複保険の告知、通知義務が定められ、その懈怠が契約の解除という重大な結果をもたらすものとされているのに、一般公衆には、重複保険契約及びその不告知、不通知がそれほど重大なものと意識されているとはみられない。特に、後に他社と重複保険契約を締結した場合には、その旨を従前の保険会社に通知し、保険証券に裏書きを求めることは保険契約者にとって負担であるのみならず、これらの手順を知っている保険契約者は少ないものと推測される。それにもかかわらず、保険約款が、その各条項についての契約当事者の知、不知を問わず、特段の意思表示がない限り当然に契約内容となって当事者を拘束するいわゆる附合契約とされていることからすると、約款の規定があるからといって直ちにその契約上の効果をすべて無条件に認めることは、一般の保険契約者に対して、社会通念に照らし相当性を欠く不利益を与えるものであって当を得ないものと解される。保険契約の解除は、保険事故が生じた後においてもすることができるところ(約款一〇条四項、一六条四項。保険事故発生後の解除が解除の大多数の場合と思われる。)、保険事故発生前の保険契約の解除の場合は、保険契約者は、重複保険の事実を告知した上で新たに保険契約を締結する等の途が残されているのに比し、保険事故発生後の保険契約の解除の場合は、保険契約者はそのような手段を講ずることができず、特に不利益を与えるものである。

そこで、右告知・通知義務の存在理由と右保険契約解除による不利益を考量し、保険会社は、約款に定められた者において重複保険の不告知又は不通知が契約解除事由となることを認識した上で、又は重過失により右の点を認識せずに、重複保険の存在を事前に告知せず、又は事後に通知をしなかった場合に限り(なお、事後の通知義務違反の場合は、約款上明示の定めはないが、事前の告知義務の場合との均衡や事後通知の負担を考慮して「故意または重過失」を要件とすべきである。)、当該保険契約を解除することができるものとすべきである。さらに、その不告知ないし不通知が不正な保険金取得の目的に出た場合をはじめ、事案の全体を眺めて、不告知ないし不通知を理由として保険契約を解除することが、保険会社による解除権の濫用とならないと認められる場合に限ってその効力を認めるのが相当である。

なお、前示のとおり、約款上は、保険契約者、被保険者またはこれらの者の代理人に対して右各義務を課しているところ、本件傷害保険契約の保険契約者兼被保険者は順福であることは当事者間に争いがない。しかし、右各義務が設けられた趣旨が前示のものであり、かつ、被控訴人は本件傷害保険の死亡保険金の受取人であることから、被控訴人が実質的に保険契約者、被保険者またはこれらの者の代理人と同視し得るように振る舞った場合は、信義則上、被控訴人の行為をもって、順福の行為と見なし、その行為が前判示の事由に該当するときは、控訴人は、保険契約者である順福又はその相続人に対し右各義務違反を理由に契約を解除し得るものというべきである。

3  そこで、まず本件傷害保険契約締結の際の状況について検討すると、〈書証番号略〉、証人八尋の証言によれば次のとおり認められ、この認定に反する被控訴人本人尋問の結果(原審・当審第一回)は採用できない。

(1)  被控訴人は、六月一三日、控訴人横浜支店の店舗をまず一人で訪れて傷害保険のパンフレットを持ち帰り、翌一四日に今度は順福を同伴して右支店で保険契約締結を申し込んだ。控訴人会社の係員は、個人が保険代理店を通さないで直接控訴人店舗窓口で保険に加入するのは極めて稀であることから不審に思い、契約の締結を断ったことから、被控訴人との間でやりとりがあったが、控訴人会社から後刻連絡することとしてその場を収まった。同日の夕方、控訴人の担当者は被控訴人方の留守番電話に断りの旨を伝えたところ、その夜被控訴人から抗議の電話があった。さらに翌一五日午前九時半ころ、被控訴人は、再び控訴人横浜支店を訪れて、外国人を理由に契約を締結しないのか等と大声で抗議したが、当日は順福を同伴していなかったこともあって、契約を締結することなく帰った。控訴人は検討の結果、断る理由も見当たらず、保険を引き受ける他はないとの判断に達し、翌一六日、営業推進課長である八尋有司(以下「八尋」という。)他一名が被控訴人宅を訪ね被控訴人と順福に面談して本件傷害保険契約を締結した。

(2)  順福は日本語を殆ど理解しなかったため、本件傷害保険契約の申込書(〈書証番号略〉)作成にあたっては、順福に代わって被控訴人が専らやりとりを行い、右申込書や保険料の預金口座振替に関する申込書には、被控訴人がすべての事項を記入した。もっとも、保険金受取人として指定された被控訴人が順福の法定相続人でなかったため、八尋の求めにより順福は申込人のフリガナ欄の余白部分に署名した。右記入に先立ち、八尋は、前示のような経過があったことから、特に被控訴人に対し、他の保険加入の有無を尋ねたところ、被控訴人は「ない」と答え、回答記入欄にその旨を記入した。八尋は、申込書記載事項に虚偽があったり、後日他の保険契約を結ぶ時は被控訴人に連絡しないと保険金が支払われないことがあることも説明した。

(3)  右申込書の欄外には「申込書記載事項(特に※欄)が事実と相違した場合は、保険金が支払われないことがあります。」と赤字で記載され、右※は性別、年齢、職業、他の保険契約及び過去三カ年の傷害保険金(五万円以上)請求または受領の欄のみに付せられている。

4 右認定事実によれば、本件傷害保険契約の締結交渉、控訴人担当者との契約締結に関する打合せ、申込書の作成、重複保険存在の有無の確認等は、すべて被控訴人がこれを行い、順福は形式上保険契約者となったにすぎないのであって、実質的には被控訴人は順福の代理人と同視することができ、被控訴人は、信義則上、被控訴人の行為をもって順福の行為と見なし得るというべきである。そして、本件傷害保険契約締結の前日である六月一五日に第一契約が締結されていることも総合すれば、被控訴人は、本件傷害保険契約締結にあたり重複保険の不告知が契約解除事由となることを知った上で、故意または重過失により第一保険の存在を告知しなかったものと認めるのが相当であり、前判示のとおり、控訴人は第一解除をすることができるものというべきである。

5  そこで控訴人の右解除権の行使が濫用に当たるかどうかを検討する。

(1)  前示認定の事実によれば、被控訴人は、控訴人担当者に夜間に電話したり、店頭で大声で抗議することにより、本件傷害保険契約を締結し、また、右契約締結に当たり、担当者から告知・通知義務の存在及びその違反の場合の効果の説明を受けているのに、一日前に締結された第一契約の存在を告げず、さらには、第二契約の締結もわずか二か月後のことであって、被控訴人は、これらを知った上で右各違反をしたことは明らかである。

(2)  〈書証番号略〉によれば、約款二〇条は、保険事故が発生したときは保険金を受け取るべき者は事故発生の日から三〇日以内に事故発生の状況を保険者に告知し、保険者が説明を求めたときはこれに応じなければならないこと、及び、その通知若しくは説明につき知っている事実を告げず若しくは不実のことを告げたときは、保険者は保険金を支払わないことを定めていることが認められる。そして、被控訴人は保険金を受け取るべき者であって右の義務を負っていることから、信義則上、事故発生の日から三〇日を過ぎた後も、それが右約款上の保険金不払事由となるかどうかを問わず、控訴人に対し、事故発生の状況やこれに関する事項で知っている事実を告げるべき義務又はこれらの事項に関して不実のことを告げてはならない義務を負っているものというべきである。

ところで、〈書証番号略〉によれば、順福の殺害現場である新阪急ホテル七〇二二号室のテーブル上のハンドバッグ内に、新横浜駅で同時に三名分発行された新幹線乗車券の内一枚と八月八日ひかり三五一号の自由席から指定席への社内補充券三名分が入っていたことが認められ、このことに証人児島英発は、右ひかり三五一号に車掌として乗車していたところ、順福、被控訴人及び四二、三歳くらいで四角い顔形、身長1.6メートル程度の男性の三名が右車内補充券を購入したと供述していて、右〈書証番号略〉の記載内容と合致し、明らかに被控訴人は、順福のほか男性一名と大阪入りしたことが認められる。しかしながら、被控訴人は、原審及び当審第一回本人尋問で、八月八日は新横浜から順福と二人で大阪に行き、新幹線の中で知人に会うことはなかった、と供述して、新幹線に同乗した男性の同行者の存在を隠蔽するのであり、被控訴人は本件事故の発生状況や犯人の特定に関する重要な事項について、控訴人に説明を怠っているといわざるを得ない。

(3)  さらに、被控訴人は、原審及び当審第一回本人尋問で、横浜から出発する四日ほど前から奈良在住の姪である柴田容子に幾度か電話連絡をとり、自分は九日の一〇時五〇分の飛行機で韓国に行くから、その間順福を預かってくれと依頼し、この点を確認した。九日朝八時ころホテルを出発する前にも姪に確認し、さらには空港でも姪の家に連絡した。その結果、姪の夫である柴田洋次が同日約束の時間より後れてホテルに迎えに行ったら順福は殺害されていたので連絡を受けたと供述する。

他方、証人柴田容子、同柴田洋次は、いずれも、被控訴人からは八月九日より前は一切の連絡がなかったが、九日の午前一〇時頃に奈良市内の柴田洋次、容子夫妻の留守宅に、同日午後五時過ぎに新阪急ホテルに電話するように連絡が入った(留守番の中尾みどりが応対。)。柴田洋次が約束どおり電話すると、被控訴人は既にチェックアウトしており、順福のみが同ホテルに宿泊しているが、不在のため通じなかったので、柴田洋次の連絡先を明らかにして、電話を切った。その後、一〇日夕方のテレビニュースで順福殺害の事実を知り、警察に連絡した。被控訴人の連絡先が不明であったが、同日、被控訴人から連絡が入り、順福殺害の事実を教え、警察には被控訴人の連絡先を教えた。被控訴人は韓国の郷里で柴田容子が順福を殺害したと言い触らしたため、同女は、弁明のため、訪韓せざるを得なかったと供述する。

被控訴人は、右証人柴田容子、同柴田洋次の証言は虚偽であると主張し、被控訴人が横浜を出発する数日前から柴田容子らと頻繁に電話連絡したことの証拠として〈書証番号略〉(電話料金等支払明細書)を提出し、これによれば昭和六三年八月の電話料金が通常の月に比して約五割増の四六四六円であることが認められる。しかし、被控訴人は、同月八日の夕刻に新阪急ホテルで金谷善雄と面会したと供述しており(当審第一回)、その打合せ等にも電話料金が加算されたとも考えられ、決定的な裏付けとなるものではない。却って、〈書証番号略〉によれば、被控訴人は、同月八日横浜から新阪急ホテルにツインの部屋二泊分を予約し、一〇日チェックアウトの予定で同ホテルにチェックインしたこと、右チェックインにあたり九日夜の順福の宿泊のためシングルの部屋を仮予約したが、結局部屋替えはされなかったことが認められ、順福が一〇日にチェックアウトする日程でホテルを予約していたことは明らかであり、九日の午前中に柴田容子が同ホテルまで順福を迎えにいく約束となっていたことと矛盾する。また、〈書証番号略〉によれば、新阪急ホテルの従業員が順福の死体を発見した日時は八月一〇日午後一時一五分であることが認められ、前示被控訴人の、柴田洋次が九日にホテルに迎えに行ったら順福が殺害されていたので連絡を受けたとの供述は、真実であるとは認めがたい。これらの点に、証人柴田洋次は、被控訴人が一〇日一〇時五〇分の飛行機で韓国にいくとの連絡を受けたようにも思うと供述しており、右ホテルの予約状況とも矛盾しないこと、前示証人柴田容子、同柴田洋次は、留守番の中尾みどりが残したメモ(警察で保管中)を確認していると供述しており、その供述にあいまいな点がないことを総合すると、前示証人柴田容子、同柴田洋次の供述内容が真実と認められる。

そうすると、被控訴人は、日本語ができずかつ地理に不案内の順福をホテルに一人残して去ったこととなるが、このことを隠蔽するため、姪の柴田容子と事前に連絡をしていたと虚偽の真実を述べ、また、同女を犯人と吹聴して、殺害犯人の特定を混乱させている。

以上認定の本件傷害保険契約締結の経緯、新幹線同乗者存在の真実の隠蔽等を総合すると、控訴人の第一解除は解除権の濫用とならないというべきである。なお、他保険である第一契約の内容をみると、その契約は毎月の保険料一万二〇六〇円の積立による契約期間五年間の積立保険契約で、満期返戻金が五〇万円、被保険者を保険契約者及びその家族とするもので、被保険者死亡の場合の保険金が一二五万円とされているごく日常的な内容のものであり(〈書証番号略〉)、第二契約も、保険期間をわずか四日間とし、死亡保険金を二〇〇〇万円、入院保険日額を四五〇〇円、通院保険金日額を三〇〇〇円とする、保険金が一五〇〇円の国内旅行傷害保険契約である(〈書証番号略〉)。しかし、〈書証番号略〉によれば、順福は、六月一三日に、神奈川県民共済生活協同組合との間で、同年七月一日を契約日(保証開始日)とし、順福を被共済者とし、不慮の事故死の共済金を五〇〇万円とする災害保障共済等を内容とする共済契約を締結しており、契約者である順福(本件傷害保険と同様、被控訴人が実質的に共済契約を締結したとすれば、被控訴人)は、本件傷害保険契約締結時に右申込を知っていたことは明らかである。控訴人は右共済契約の不告知を重複保険告知義務違反として第一解除をしたわけではないが、右共済契約が本件傷害保険契約締結時のわずか三日前、かつ、第一契約締結の二日前に申し込まれていることを参酌すると、右第一、第二契約の内容が日常的なものであるからといって、第一解除が濫用にわたるということはできない。

6  被控訴人は、右告知義務違反と本件の保険事故発生との間に因果関係がないから、商法六四五条二項ただし書により、契約解除権は発生しないと主張する。しかし、約款(〈書証番号略〉)には右ただし書の規定と同旨の規定が存在しないことや、前示のとおり道徳的危険防止の観点から告知義務又は通知義務違反の場合は控訴人は契約を解除することができる旨の規定が設けられたことから、右約款の規定は、告知義務違反等があれば、保険事故発生との間の因果関係の有無を問わず解除権が発生する趣旨であることが明らかであり、右約款により商法六四五条二項ただし書の規定の適用を排除したものと認めるべきであるから、被控訴人の右主張には理由がない。

三してみれば、控訴人の第一解除の抗弁は理由があり、その余の点を判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求は理由がない。

よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であって本件控訴は理由があるから、原判決を取り消し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岩佐善巳 裁判官稲田輝明 裁判官南敏文)

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